知財への取り組み経験が乏しい企業が陥る落とし穴

 P社は組み込み機器の受託開発を手がける小企業です。

  これまでは顧客からの注文に応じて開発をするだけで、自社製品と呼べるものはありませんでしたが、創業から10年が経過したことを契機に自社独自の企画・開発に取り組もうということになり、役員で技術者のK氏をリーダーとするプロジェクトチームが結成されました。 

 

 開発のテーマがなかなか見つからず難渋しましたが、やがて、ある用途に特化した電子機器を思いついて企画・設計を進め、プロトタイプの製作にまでこぎつけました。動作テストの結果も良好です。

 ITやIoTの公知技術を応用したもので、画期的な工夫があるとは言えませんが、ターゲットとした分野で同様の仕組みをもつモノはまだ見当たりません。 

 

  ニッチな市場だが、ここを独占することができれば大きいぞ

 K氏は、張り切って、商品化に向けて開発計画を練り直しました。

 

 その過程で初めてK氏は、

  特許申請をした方がよいかな・・・

という意識を持ちました。

 

 なにぶん、これまで顧客からの注文を受けるだけで特許など無縁のものだと思い込んでいたのですが、自社製品となると話は違います。世の中にまだ存在しないモノならば、絶対に真似されないようにバリアを設けなければなりません。

  

 特につてがあるわけでもなく、どこに相談したら良いかもわかりませんでしたが、幸い、インターネット検索で、自社の近くに情報処理や通信技術を得意分野として掲げている弁理士がいるのを見つけることができました。その事務所に連絡をとったところ、難なく面談の日程が決まり、K氏は試作品を持って訪問しました。

 

  特許事務所に入るのも弁理士に合うのも初めてのK氏。最初はちょっと緊張しましたが、登場した弁理士が温厚で誠実そうな人だったことに安心し、長年の顧客との打ち合わせで培ったテクニックをもって技術説明を進めました。もちろん試作品によるデモも行いました。

 弁理士も、メモをとり、うなずきながら熱心に聴いてくれ、良く理解してくれた様子でした。

 

 K氏がひととおりの説明を終えると、弁理士は、いくつか質問させて下さい、と切り出しました。

 K氏の説明の細部を確認する目的の質問のほか、いくつかの問題を提起してそれらを解決することができるかどうかや、使用目的に欠かせないと思われる機能はなにか、などを問われました。

 中にはK氏や社内のチームが想定していなかったような質問もありましたが、K氏は、これまでの経験や知見から即座に判断してテキパキと答えを出しました。ちょっと自信を持てない点や検討事案に入れるのは難しいと思う点もありはしたのですが、K氏はそれを見せることなく、上手に取り繕って、さもそれらの問題も承知して開発を進めているかのように説明しました。 

 ある程度の調査をして、きわめて近いと思われるアイデアが見つからなかったら特許の申請手続(特許出願)をしましょう、という方針で合意して、無事に面談は終了しました。その後、弁理士は調査を経て特許出願の原稿作成に着手し、やがて提出する原稿一式(明細書・特許請求の範囲・要約書・図面)の案文が送付されてきました。

 特許請求の範囲やそれが反映された部分の明細書の記載は抽象的でK氏にはよく理解できませんでしたが、具体的な技術説明の部分にはK氏が面談で説明したことや質疑応答の内容のほぼ全てが盛り込まれていて、申し分のない内容でした。

 K氏は安心して案文に同意するとの連絡をし、速やかに特許出願の手続が遂行されました。

 特許出願後、K氏は、プロジェクトチームのメンバーと共にさらに開発をすすめ、やがて商品として体裁を整えたものが完成しました。

 商品名も考え、特許出願を依頼した弁理士に、商標登録の申請手続(商標登録出願)もしてもらいました。

 P社では、この商品名と共に「特許申請中」と大きく表示したチラシやウェブサイトを製作して、本格的な営業活動を開始しました。また、特許取得を目指して早めに出願審査請求をすることも検討しています。


 とてもスムーズに事が進んだ事例のようにみてとれますが、果たしてどうでしょうか?

 

 P社の開発品は、ある事業分野に特化した専用品としての新しさはありますが、技術的には公知の技術を応用しただけのものでした。

 そうであっても、P社の開発品がその域にとどまるのであれば、その範囲において新規性が感じられる要素を洗い出して特許出願を検討すべきですが、質問にテキパキと答えたK氏の様子から、弁理士は、K氏が回答したことも今後の開発に盛り込まれるものと誤解してしまった可能性があります。

 この弁理士は誠意をもってとても丁寧な対応をされたのですが、それでもK氏との一度きりの面談だけで「一見さん」のP社の事情を把握することは難しかったと思います。K氏のもっともらしい答えから弁理士が発明のポイントになると誤解して特許出願の「特許請求の範囲」に盛り込んだ技術要素がP社の実際の製品に導入されていなかったとしたら、どうなるでしょうか?

 

 特許を受けることができたとしても、その権利範囲にP社の製品は含まれません右または上の説明図を参照。)。

 

 たとえ弁理士がP社の開発の状況を正しく理解して、面談時に見たプロトタイプの構成をカバーできるような特許請求の範囲を設定してくれていたとしても、それで大丈夫だとも言い切れません。その後のP社の開発により特許請求の範囲に関わる構成に変更が加えられていると、その変更後の構成が特許請求の範囲に含まれない状態になっている可能性があるからです。

 一般的な特許戦略では、できるだけ広い範囲に効力が及ぶような特許権を取得することを目指しますが、それができたとしても、自社の実際の製品がその効力の及ぶ範囲から逸脱してしまっては意味がありません。

 本人らが気づいていないとしても、特許請求の範囲から逸脱している製品に「特許申請中」「特許取得」という表示をすることは、虚偽の表示をしていることになります。また、その製品と同等の構成のものを他社に製造・販売されたとしても、その行為を差し止めることができません。

 

 たくさんの予算をかけることができない状況の中で自社の商品を護りたいと特許出願をする中小企業・ベンチャー企業にとって、その保護の機能を果たしていない特許権は無用の長物に等しいと言っても過言ではありません。しかし、知的財産への馴染みがない企業は、弁理士に依頼をして特許申請の手続が遂行されたことをもって安心してしまい、この問題に気づかないまま、無用の財産を大事に抱えていることが多いように見受けます。

 

 では、くだんの事例のK氏はどうすれば良かったのでしょうか?

 

 まず、最初の面談では、取り繕ったり、見栄を張ったりすることなく、自社が計画している仕様の範囲をありのままに弁理士に伝えるべきだったと思います。また出願前の案文原稿についても、自分が言ったことの全てが書き込まれていることをもって安心してしまわずに、計画している仕様が保護の範囲に入るような方針だてになっているかどうか、弁理士に確認すべきでした。

 

 出願後の設計変更によって出願による保護範囲から逸脱していたとしても、その変更が行われた段階で弁理士にそれを伝えることができていれば、何らかの対策を講じてもらうことができた可能性があります。少なくとも商品名の商標登録出願を依頼したときに、その意識があれば、説明の機会を持つことができたのではないでしょうか・・・


   念のためお断りしておきますが、上記のK氏やP社のお話はまったくの作り話架空の話)です。しかし、K氏と同じように、特許の申請を意識してはじめて特許事務所の戸をたたき、その目的が果たせたら遠ざかってしまう・・という企業人は、私の乏しい経験に照らしてもたくさんおられるのではないかと思います。

 もし、この架空のストーリーのP社にうち(自社)は似ている・・ K氏と同じようなことをした経験がある・・ と感じられた企業の方がおられたならば、いちどお話を聞かせて下さい。

 

弁理士 小石川 由紀乃

 株式会社知財アシスト 知財よろず相談員


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