日本で現在有効な特許権の中には、実施されることがないまま存続しつづけているもの(いわゆる休眠特許)が相当数あります。
特許権を維持するには、特許発明を実施しているか否かに関わらず、国の定めた一定額の特許料を支払わなければなりません。何らかの形で発明を実施しないと、特許権による利益は全く発生しないので、もったいないことです。
しかし、中小企業の場合、直近に実施する予定の技術に関して特許申請が行われるケースが多いので、休眠になるものは少ないようです。
※平成26年3月に帝国データバンクが出した「中小企業の知的財産活動に関する基本調査 報告書」によると、
中小企業の特許権使用率は63.4%で、大企業の特許権使用率の2倍に近い値とのこと。
ただし、上記の数字は表面上の事実であって、実際の製品や事業をちゃんと保護できる範囲で特許権を取得し、活用している中小企業がどれだけあるのかはわかりません。
私が見聞きしたいくつかの話を元にフィクション(架空)の事例をこしらえてみました。
結構あるある・・と言える事例だと思っているのですが、お心あたりはあるでしょうか?
<事例1>
部品メーカーのA社は、ある種の機械に使用される部品について新規の技術を開発し、特許も取得した。
しかし、その特許請求の範囲に記載されていたのは当該部品が組み込まれた機械の請求項だけで、部品のみを対象にした請求項は設定されていなかった。
※ 請求項とは特許の対象となる発明を表す単位。実際に生まれたアイデアから技術的範囲が異なる複数の発明を定義して、発明毎に請求項を設定して出願することができる。
上記の事例のA社は、自社が製造・販売する部品を「特許製品」だと言えない、と思われます。
(特許発明を実施しているのは部品を購入して機械を作るメーカー、つまりA社のお客さんにあたる企業になるわけです。この場合、部品を販売することによって、特許発明を実施することについて黙視の許諾をした・・という解釈になるのだと思います。)
部品のみに効力が及ぶ特許ではないのに、「特許を取得している」と言って部品を販売しても、わざわざ特許公報を確認する人は少ないでしょうから、よほどのことがない限り、指摘を受けることはないでしょう。
しかし、特許権の譲渡やライセンス契約の話などが発生した場合に問題になるおそれがあります。
また、部品のコピー品が出回った場合、そのコピー行為をA社の特許権の直接侵害として特許権を行使することができません。
間接侵害を主張することは可能であるとしても、当該部品が特許の対象の機械以外にも使用できるものである場合には、その主張が通らないかもしれません。特に、コピー品が別の用途に使用されることが明らかな場合には、間接侵害を主張することはできず、A社の特許権をもってコピー品を差し止めることはできないと思います。
A社が部品だけでなく、機械全体も製造する企業であったとしても、同様に、他社が部品のみを製造・販売することを阻止することが困難になります。
部品に新しい工夫を入れたことによって、それを入れる機械にも改良点が加えられたかもしれませんが、その場合でも、アイデアの主体である部品のみに及ぶ特許権を持っておかなければ、特許権の効力や価値はがくんと低下してしまいます。なにを対象に請求項を設定するか、よく検討しなければなりません。
ちなみに上記の事例の場合、特許されるより前に、部品のみに及ぶ特許権が必要なことにA社が気づくことができたならば、その特許権を取得する目的で分割出願という別の出願を行うことができる機会があります。
この点については、「分割出願の活用を考える」を御参照下さい。
<事例>
B社は、ある開発中の技術について、第1要素Xが必須であり、第1要素Xと第2要素Yとの組み合わせが最適であるという結論を出し、特許出願を行った。
出願書類では、上記の結論に基づき、要素Xのみを対象とする請求項1と、要素Xと要素Yとの組み合わせを対象とする請求項2とを設定した。
B社は出願後も検討を続けたところ、第2要素はYよりZの方が良いと判明したので設計変更を行い、X+Zの構成で商品化を進めることにした。
一方、特許出願は当初の内容のままで維持され、製品化が完了したことに伴い、出願審査請求も行われた。
やがて、特許庁の審査官から、要素Xのみの請求項1は進歩性がなく、特許することはできないが、X+Yの請求項2には拒絶の理由は見つからなかったという内容の拒絶理由通知が届いた。
B社には特許の仕組みに関する知識がなかったため、設計変更をしたことを代理人弁理士に伝えておらず、代理人弁理士からの「請求項1を削除すれば特許になりますよ」という言葉にのって、削除を了承してしまった。
上記のB社は、請求項1を削除したことによって特許を取得できたことでしょうが、その特許権の対象はX+Yであって、B社の実際の製品の構成(X+Z)は特許権の範囲に含まれていません。B社はそうと認識できていないでしょうが、B社の特許権には自社製品を護る力がないのです。
B社の出願の書類に、実際に販売している製品の技術要素の組み合わせ(X+Z)が記載されていない以上、B社はなんとしても、要素Xのみの請求項1を維持して特許されるように頑張らなければならなかったのです。削除という安易な対応でなく、請求項1を減縮補正することで拒絶理由を解消できたかもしれなかったのに、残念なことです。
またB社は、要素Yを要素Zに変更しようと決めた段階で、X+Zを対象とする特許出願をすることを検討すべきでした。時期によっては、前の出願を基礎とする国内優先権主張出願をすることもできました。
その特許出願があれば、Xのみの請求項が許可されなかった場合でも、最初に考えた形態(X+Y)と最終形態(X+Z)について特許を受けることができた可能性があります。
たとえ自社で実施しなくとも、他社がX+Yの組み合わせの製品を製造・販売した場合に権利行使をすることができるのだから、B社が特許権を取得したことは無駄ではないとお考えの方がおられるかもしれません。
しかし、B社はさんざん検討して、X+YよりX+Zの方が良いという結論を得て、そちらを採択したのです。
その採択された製品の性能が確かで、しかも特許権の効力も及ばないのであれば、同種の製品を作りたい企業も、きっとX+Zを選択することでしょう。
その選択による後発製品をB社の特許権をもって阻止することが不可能となると、B社の製品は後発製品に負けてしまうかもしれません。
B社も、「特許取得」として製品を販売するかもしれませんが、それは明らかな誤りであり、積極表示をすると虚偽表示になってしまいます。
いずれの事例も、企業の側に知識がなかったことに加え、代理人弁理士も、会社の業務や事業計画や将来の可能性を把握しておらず、出願後の企業とのコミュニケーションも不十分だったことが原因で発生したと考えられます。
そのような原因に心あたりがある・・という企業の方は、いちど、いまお持ちの特許権や特許出願が事業に適した内容であるかどうか、確認してみて下さい。
これから新規の特許出願をされる場合には、上記の事例をふまえて、実施する製品や技術に適合する請求項を必ず入れることを心がけて下さい。また出願後に、新たな技術的要素の追加や技術的要素の置き換えなどの変更が発生した場合には、新規の出願をすることも視野に入れた検討をして下さい。
弁理士 小石川 由紀乃
株式会社知財アシスト 知財よろず相談員