特許公報は、特許権の効力の範囲や発明の具体的内容を世の中に知らせるために特許庁により発行された刊行物です。
特許に関して何らかの目的の調査をする場合や特定の特許発明(または特許出願中発明)の内容を確認したい場合には、特許公報を読まなければなりませんが、特許の実務に携わっていない方々、特にはじめて特許公報を読まれる方やそれに近い方など,特許公報の読み方のコツをつかんでおられない方々にとって、特許公報を読み解くことはかなり難しい作業になるだろうと思います。
長らく特許関係の実務に携わってきた筆者も、正直申して、特許公報を読む作業は“苦行”と感じることが多く、どんな内容でもスラスラと読める技量もありませんので、「特許公報の読み方のコツをご指南申し上げる・・」というような、おこがましいことは到底申せません。しかし、特許公報を読み慣れていない方々に適した参考資料が少ないことをふまえ、少しばかり参考になりそうなこと をお伝えしようという趣旨でまとめてみよう・・と考え、このたびの発信と相成りました。
前置きが長くなりますが、数点のお断りをいたします。
◎ 特許庁から発行される公報の名称としては、特許を受けた発明が掲載される公報が特許公報で、特許申請(出願)のために提出された書類を公開する公報は公開特許公報となっていますが、この記事では上記2種類の公報を特許公報と相称し、それぞれに個別に言及する場合には、特許掲載公報、公開特許公報ということにします(特許法でも、両公報を含むいくつかの特許関係の刊行物を「特許公報」として、第193条に規定を置いています。)。
◎公表特許公報、再公表特許、登録実用新案公報、旧制度の実用新案公報については特に言及しませんが、基本的な仕組みは特許公報と同じですので、同様の手法で読めば良いとお考え下さい。
◎上記各種公報についてもう少し詳しい情報を必要とされる方は、本サイト内の「特許・実用新案の公報の基礎知識」「公開特許公報の基礎知識」をご参照下さい。
◎この記事では、下の画像に示すような正式な形式の特許公報を想定して説明します。J-Platpatの文献表示画面しかご覧になったことがない方は、特許公報のPDFファイルを取得してご確認下さい。
公報PDFの取得方法がわからない方は、この記事の末尾の補足説明の欄をご参照下さい。
◎現在の特許公報では、各種項目を【 】で括るきまりになっていますが、説明文中に多発すると目障りに感じるので、見出し以外は、括弧なしの太字で表す表記に変更します。
◎この記事には、 「~してはいけない。」[~しなくてもよい。」というような断定的な記述をしている箇所が多くありますが、あくまでも筆者の個人的な見解によるものですので、鵜呑みにせずに、読者ご自身が特許公報を読まれる目的に照らしてご判断下さい。
要約書と代表図面を見るだけで終わってはいけない!
公開特許公報の第1頁(フロントページ)には、同公報に記載されている発明を簡単にまとめた要約書と代表図面が掲載されています。
J-Platpatの文献表示画面のデフォルト表示でも、フロントページに対応する内容しか表示されないので、調査をする場合などには、つい要約書や代表図面を見るだけで判断してしまいがちですが、それだけでは発明の内容を十分に把握することはできません。
目的に全く関係ないことが確実な場合を除き、2ページ目以降にも目を通すようにしましょう。
(J-Platpatの画面でも、要約の欄の下の項目タブを開く操作で確認できます。)
【特許請求の範囲】は無理に読まなくてもよい。読む場合も最後でよい。
特許請求の範囲は、 特許権者が独占できる技術の範囲(公開特許公報の場合は、独占することを目指す技術の範囲)を表す文書です。権利書に相当する機能を持つ重要文書ですが、普通の文章の体をなしておらず、抽象的な表現や特許用語と呼ばれる特異な熟語、「及び」「又は」などの接続詞や「前記」「該」などの接頭語が多数含まれ、読みづらいものが多く、数ページにもわたって連なっていることもあります。
公開特許公報では、さきほど申した2ページ目、特許掲載公報では1ページ目・・と、普通の文書であれば最初に読むべき位置に掲載されているのですが、最初に特許請求の範囲を読むことは、切り立つ崖にいきなり飛びついてよじ登り始めるに等しい行為です。なんとなく眺める程度にとどめて、後続のパートに移動しましょう。
特許公報を読んだ経験が殆どない方は、とばした特許請求の範囲に無理に戻ってくる必要はありませんが、特許請求の範囲以外の部分を読んで発明の内容を把握でき、権利範囲も理解したいと思った場合には、特許請求の範囲を読んでみましょう。
この場合の読み方のコツについては、あとの5の欄に少し記載します。
【発明の詳細な説明】も全て読む必要はない。順序どおりに読む必要もない。
特許請求の範囲の次には、発明の詳細な説明という欄があります。この欄は、特許出願のときに提出された「明細書」という書類の中身(特許請求の範囲と同様に出願後に補正される場合がある。)で、いくつかの項目と4桁の段落番号により区切られて記載されています*1。
項目は、技術分野,背景技術,先行技術文献,発明の概要という順序で並べられています。
さらに発明の概要の中に、発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段,発明の効果,図面の簡単な説明,発明を実施するための形態,符号の説明という項目が入っています*2。
*1 項目を【 】で括り、明細書に段落番号を入れるスタイルは、平成2年に電子出願の制度が導入されたことに伴って開始されました。
*2 項目の名称や順序は何度か改訂されています。2010年頃までの出願では、図面の簡単な説明は発明の詳細な説明の末尾に記載されていました。もっと古い時代のものでは、発明の効果も実施形態の説明の後に記載されています。
このように、発明の詳細な説明は一定の形式にのっとって記載されていますが、読まなくて良いと考えられる項目は飛ばして良いですし、読む順序も変更して構いません。
◆ 各項目の中で最も重要度が高いのは、発明を実施するための形態です。発明者が実際に案出した技術内容が詳細に記載され、特許請求の範囲の概念をサポートする技術事項がちりばめられているので、発明を実施するための形態には必ず目を通す必要があります。
ただし、ここも、全文を丁寧に読まなくても良い場合が結構ある・・と思います(詳しくはつぎの4で述べます。)。
◆ 技術分野,背景技術,発明が解決しようとする課題,発明の効果の4項目も、重要度が高い項目です。これらの項目の記載を読むことで、発明の背景事情や発明が目的とするところを理解できる可能性が高いので、発明を実施するための形態を読むより前に、上記4項目に目を通すことをお勧めします。
◆ 課題を解決するための手段は、飛ばしてもかまわない項目です。
この項目は、特許請求の範囲に記載された発明を表す場所で、特許請求の範囲の記載がそのまま引用(コピペ)されていることが多いからです。ただし、課題を解決するための手段には、特許請求の範囲中の用語の定義や作用・効果の説明など、特許請求の範囲の趣旨や補足となる記載が含まれていることがありますので、特許請求の範囲を読むことにしたときには、課題を解決するための手段に特許請求の範囲と異なる記載がないか確認し、異なる記載がある場合にはそれも読むようにして下さい。
◆ 図面の簡単な説明や符号の説明も飛ばしてかまわない項目です。ただし、文章よりも図面に重点をおいて確認する場合には、これらの項目を参照することで確認作業がしやすくなると思います。
発明を実施するための形態について、重要度が高い箇所を拾い読みする場合にも、図面の簡単な説明を参照することで読むべき箇所を素早く見つけられる可能性が高まります。
◆ 先行技術文献は、その前の背景技術に具体的な説明が記載されているので、飛ばして構わない項目と言えます。しかし、その文献についてより詳細な内容を知りたい場合には、先行技術文献に記載されている情報(公報番号など)を確認して下さい。
【発明を実施するための形態】も、斜め読み・拾い読みからはじめた方がよい。
発明を実施するための形態も、短くて簡潔にまとめられているものを除き、最初から全文を丁寧に読み通す必要はないと思います。
分野や説明の都合等によって異なる書き方がされる場合もあるでしょうが、一般には、発明を実施するための形態では、発明の一実施形態の全体像を説明してからその実施形態の細部の説明に移ります。細部の説明は発明に密接に関係することを中心に行われますが、発明に直接に関係しない説明も割合に多く含まれます。
したがって、 全体像の説明を一通り読んだら、あとは斜め読みで重要度の高そうな場所を探し、そこに注力を向けて読むことをお勧めします。
図面から発明の内容を推測しやすい案件の場合には、発明の特徴がよく表れていると思われる図面を参照した説明が行われている場所を探してそこだけ先に読み、必要に応じてその前後に確認範囲を広げる方法も試してみて下さい。
複雑な機構に関する発明など難解な発明については、発明によって得られる作用や効果あるいは発明の原理について説明している箇所がないか探し、見つかったら、そこを先に読む・・と言う方法を試してみて下さい。
斜め読みや拾い読みで発明をある程度まで把握でき、それで対象の特許公報を読む目的が達成できた場合には、それで作業を終えても良いと思います。
しかし、より詳細に発明を把握する必要がある場合、または発明をもっと良く理解したい場合は、腰をすえて、発明を実施するための形態を最初から通して読んでみて下さい。ただし、この場合も、重要度が高くない場所については注力を落としても良い(図面と照合しなくても良い場合もあり)と思います。逆に、重要度が高い場所については、図面としっかり照合しながら何度も読み返した方が良い場合があります。
発明を実施するための形態には複数の実施形態(実施例)が含まれることがあります。
すべてのケースにおいて妥当であるとは言えませんが、まず、最初の実施形態(第1実施例)の説明を読んでそれを理解した上で、後続の実施形態について、第1実施例とは異なる点の説明部分に注力を向けて読むのが合理的ではないかと思います。
本格的に読むときには、特許公報を印刷して書き込みをしよう!!
特許公報を読み込んで理解を深めたい場合には、是非、公報を印刷して下さい。
印刷したら、文章の部分だけホッチキス等で綴じ、図面は綴じずにバラバラにしておく*ことをお勧めします。
そうすれば、発明を実施するための形態の掲載ページと図面の掲載ページを並べることができるので、説明の文章と図面との照合がしやすくなります。
読みながら、重要と思われる箇所に赤線やマーカーを付けたり、図面の主要な箇所に名称を書き込むなどすると、理解しやすくなり、後で読み返すべき箇所もわかりやすくなります。
ややこしい図面については、色ペンや色鉛筆を使って部材を色分けするなど、理解しやすくなるように加工することも試みてください。
* 特許公報の図面が小さくて見づらい・・とお困りの方へ・・
本記事の末尾にJ-Platpatの閲覧画面から実物大サイズの図面を取得する方法をご案内しておりますので、ご参照下さい。
特許請求の範囲を読む場合にも、構成要素などの根幹部分を特定して○で囲んだり、区切りと思われる箇所にスラッシュを入れて区切ったり、修飾部分と思われる箇所を括弧でくくるなどの工夫をしながら読んでみて下さい。
また先にも述べたように、発明を解決するための手段に趣旨説明や作用・効果などが記載されている場合には、そちらも合わせて読んでみて下さい。
特許請求の範囲に発明を実施するための形態に登場する用語が使用されている場合には、その用語に該当する符号を書き込み、図面と照合してみる方法をとるのも良いと思います。
調査のために特許公報を読む場合の注意点
何らかの調査のためにJ-Platpatで検索を行い、多数の特許公報が抽出された場合には、詳細な内容を確認する必要があるものとその必要がないものとを振り分ける作業をしてから、前者について、上記の2,3,4,5で述べたことを参考に読み進めるのが良いと思います(筆者もそうしています。)。
振り分けの作業では、要約書や代表図面だけで判断しても大丈夫と感じる公報もありますが、発明の詳細な説明の一部や図面に目を通した方が良いと感じる公報も多くあります。発明が解決しようとする課題や発明の効果の欄には、探索の対象である可能性を推定するのに有用な情報が含まれている可能性が高いので、振り分けの判断に迷う場合はこれらの項目に目を通してみて下さい。
自社が開発中の技術が抵触するような特許はないか・・など、権利の内容に主眼をおいた調査をする場合には、振り分けの段階から特許請求の範囲に目を通すことが望ましいです。しかし、多数の公報の全てに対してその方法をとることは非常に難しいので、まず簡単なチェックで明らかに対象外とわかるものだけ先に除外し、残されたものについて発明の詳細な説明や図面の内容をざっと確認して、詳細に検討した方が良いと思うものを残す・・という方法をお試し下さい。
詳細検討の段階では、3,4,5で述べたことを参考にして、特許請求の範囲や発明の概要の主要部分をできる限り念入りに読むようにして下さい。
一連の作業により、抵触の心配などの問題を感じられる特許公報が見つかった場合は勿論のこと、特許請求の範囲の理解に少しでも不安がある場合も、弁理士に相談されることをお勧めします。
「この企業がどのような技術を保有しているのか知りたい」「自分の開発の参考になりそうな技術の情報を収集したい」というように、調査の目的が実際の技術に関する情報を収集することにある場合には、特許請求の範囲を読むことなく、発明を実施するための形態や図面に注力を向けた読み方をして良いと思います。
発明を実施するための形態も全てを熟読する必要はなく、ご自身が必要と考える箇所に的を絞って情報を取得すれば良いと思います。
このように、調査の目的によっても特許公報の読み方は変わってきます。調査のために特許公報を読む場合には、その調査目的をふまえて、どの箇所に重点を置いて目を通すべきかをご判断下さい。
文責:弁理士 小石川 由紀乃
説明図はクリック・タップで拡大できます。
文献表示画面の上部右手に並んでいるボタンのうちの「文献単位PDF」をクリックし、以下、表示される画面に従った操作を行うことによって、特許公報のPDFファイルを表示することができます。
経過情報のボタンから審査記録のリストを呼び出し、その中の図面をクリックすると、出願のときに提出された図面全図が現れます。右上に印刷のボタンもついていますので、印刷も容易にできます。
J-Platpatの経過情報では、特許公報には掲載されない審査段階での各種書類(拒絶理由通知書、意見書、手続補正書など)の内容や、審査の進捗状況・権利の存続の有無などを確認することもできます。
重要度が高い特許公報を検討される場合は、是非、経過情報も活用して下さい。