特許権は、世の中にまだ知られていない(新規性がある)発明に付与されるものです。
発明の新しさは、発明をした当事者ら(発明者やその所属企業)が、プレゼン、展示会への出展、発明品の販売等の公開行為を行うことによっても失われてしまいますので、そのような公開の予定がある場合には、公開より前に特許出願を完了しなければなりません。
日本を含む大半の国々では、 出願の時点まで新しさが維持されていることが、特許権を付与するための条件となっています。
特許権は、独立した国毎に、その国の法律に基づく審査を経て成立しますので、複数の国で上記の条件をクリアして特許を受けるためには、それらの国々の全てへの特許出願を発明の新しさが維持されているうちに完了しなければならない、ということになります。
しかし、実際にそのような方法をとることには無理がありますので、便宜をはかるために、
「優先権」と呼ばれる権利を主張することが認められています。
「優先権」は、パリ条約という国際条約で定められた権利です。
パリ条約の第4条に記載されている定義を私流に咀嚼し、
パリ条約に加盟している国々のいずれか一国に提出された出願と同内容のものを後日に他の加盟国に出願する場合は、最初の出願から後の出願までの期間に行われた諸々の行為が後の出願に影響を及ぼさないように取り扱ってもらえる、という特典を優先権という・・と表現します。
もっと簡単に、優先権とは、後に提出された出願も、最初の国の出願の日に提出された場合と同じ条件で取り扱ってもらえる特別待遇である・・・と言っても良いと思います。
たとえば、ある法人(A社とします。)が、2021年9月1日に、日本国特許庁に対して特許出願を行い、その出願から数ヶ月後に発明品の販売を開始したものとします。
この場合、特許出願はまだ公開されていませんが、発明品の販売をもって発明は世の中に知られたものとなり(これを「公知」と言います。)、発明の新しさは失われてしまいます。
しかし、販売開始より後に、A社が日本国特許出願の優先権を主張して他のパリ条約加盟国Xに特許出願を行った場合、X国でも、日本国特許出願が行われた日(2021年9月1日)を基準にして発明の新しさが判断されます。
したがって、A社がX国への特許出願より前に発明品の発売を開始したことにより発明が公知になった事実があったとしても、そのことがX国での特許取得の阻害要因になることはありません。
X国で、すでにA社の発明品の模倣品が出回っていたり、同内容の発明が出願されていたとしても、それらの事実がA社の日本国特許出願の日より後に発生したものであれば、それらの事実も、A社のX国での特許出願に影響を及ぼしません。
ただし、優先権を主張できるのは、最初の出願から12ヶ月(1年)以内です。
書類を出願国の母国語または出願国で指定している言語に翻訳し、現地の代理人に手続を依頼する必要があるので、上記の期日よりかなり前から準備を進めなければなりません。
また、優先権主張による出願の書類は基礎となる日本国特許出願と完全に同一である必要はありませんが、基礎出願の書類に記載されていない事項には優先権の効力は及びません。
翻訳から抜けてしまったことを後から追加することも難しいと思われます。
翻訳のときに、抜け落ちがないか、技術内容を取り違えて翻訳していないか、などについて、できる限りの注意を払う必要があります。
あくまでも審査の便宜をはかるための取り扱いで、出願の日が日本と同じ日にまで遡ると規定されているわけではないことにもご注意下さい。
文責:弁理士 小石川 由紀乃