標準文字商標は万能か?

 「標準文字」というのは特許庁長官が指定した字体の文字で、具体的には下の表にあるような明朝系の文字になります。

標準文字のリストの一部
                標準文字のリストの一部

 文字のみで構成されている商標について商標登録の申請(出願)をする場合には、標準文字の字体で表された商標として出願することができます。

 標準文字商標の出願は、願書作成作業が簡単になる(商標の画像を準備する必要がない)ことから、割合よく採用されていますが、どうも誤った認識の元で標準文字商標が登録されているケースが多いと感じます。

誤った商標登録の例

 

 右の例のように、標準文字で商標登録を受けているのに、実際にはデザイン性を高めたロゴとして使用している・・というケースが多いのです。これで大丈夫・・と考えるのは、大きな誤解です。

 大半は、出願時に字体が決まっていなかった、または当初は標準文字に近い形態で使用していたが、あるときに商標のデザインを変更した、というような理由があってのことと思われますが、中には、デザイン文字を使用する予定があったのに「標準文字であればどんな字体にも対抗できる」というような誤った認識の元に、標準文字で出願されたものもあるようです。

 

 商標登録によって独占的に使用する権利(専用権)が認められるのは、あくまでも登録を受けた商標です。標準文字商標として登録を受けた場合にも、同様の原則が働き、標準文字の字体で表された商標が専用権の対象となります。

 

 専用権のほかに、登録商標に類似する商標を他人が使用することを禁じる権利(禁止権)が発生しますから、登録商標と異なる形態の商標を使用しても、その商標が他の登録商標の禁止権の範囲に入ることがない限り特段の問題は生じず、実質的には独占的使用をすることもできることでしょう。

注意!

 しかし、登録商標と異なる形態の商標しか使用していない状態が3年以上続くと、商標登録が取り消される可能性が生じます。登録商標に類似する商標について登録を受けたいと思った他の事業者などによって、不使用取消審判という審判が請求されることがあるのです。

 

 不使用取消審判が請求されると、商標権者は登録商標を使用していることを示す証拠を特許庁に提出しなければなりません。登録商標ずばりでなくとも、社会通念上、登録商標と同一と認められる範囲の商標を使用していれば、取消を免れることができますが、同一と認められる範囲は、書体のみの変更(たとえば標準文字商標の各文字をゴシック文字に変更)、同一の称呼および観念が生じることを前提とした文字種の変更(たとえば平仮名から片仮名への変更、片仮名からローマ字への変更)などの狭い範囲です。普通の字体からかけ離れたデザイン文字への変更や、マークや色彩が加味された商標が登録商標と同一と認められる可能性は低く、商標登録が取り消される可能性は逆に高くなります。

 もちろん、よほど運が悪くなければ不使用取消審判が請求されることはなく、平穏無事に過ぎるでしょうし、10年ごとの商標権の更新に支障が生じることもないでしょう。

 しかし、業務上の信用の保護が不完全な状態で、しかもその不完全な保護がいつ取り消されるかわからない状態で放置され続けていて良いはずはありません。

 

 標準文字商標で登録を受けたのに、それとは異なるデザインが入ったロゴマークに「登録」を意味する(R)マークを付けて使用しているケースも結構多く見かけますが、その行為は虚偽表示に相当するおそれがあります。ちょっと脅かしになりますが、商標法では、虚偽表示には3年以下の懲役又は300万円以下の罰金を課す、とされています。

 標準文字で登録を受けた後に使用する商標の形態を大きく変更した場合には、変更後の商標についても、しかるべき時期に商標登録出願をしておくべきです。また、初めからデザイン文字で使用する方針を固めているならば、標準文字で出願することは避けるべきです。デザインを確定させるのに時間がかかるのでやむなく・・という場合もあるでしょうが、費用や安全性を考慮すると、まず調査により登録の可能性が高いことを確認した上でできるだけ早くデザインを決定し、そのデザインの画像データを用いて出願をする方が良いでしょう。文字のみを対象にした調査で登録可能性が高いと判断されても、デザインによってはその判断が変わる可能性がありますので、再度のチェックをする必要もあります。

  不使用取消審判により商標登録を取り消された場合、商標権という財産を失うという損失にとどまらず、審判請求人などが出願した商標が登録され、使用し続けていた商標を使用できなくなるという大損失が生じる可能性もあります。

 商標の重要度が高いほど、その損失は大きなものになるでしょう。

 重要な商品やサービスの名称、社名、屋号については、くれぐれもご注意下さい。

 

文責 弁理士 小石川 由紀乃


2023年11月

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