商標の短絡的更新にご用心!

 パン職人のAさんは、15年ほど前に独立し、住み慣れたB市で厨房付きの小さな店を開きました。勤務の傍ら自力で続けた研究・試作の成果を活かしてこだわりの天然酵母パンを提供しようと張り切るAさんは、パンの材料である「酵母」とそのパンを製造する場所を意味する「工房」とにちなんで、新しい店に「こうぼ屋」という名前を付けました。

 

 「店の名前も大事な財産。同業者に同じ名前を使われないようにしたい・・」と思ったAさんは、勤めていた店のオーナーが店の名前を商標登録したと言っていたことを思い出しました。そこで、そのオーナーに連絡をとって、オーナーが利用した特許事務所を教えてもらい、すぐに相談にゆきました。

商標登録の申請は、商標を使用する商品またはサービスを指定して行います。Aさんの場合、製造・販売の対象となる商品が指定の対象になりますので、第30類の「パン」「サンドイッチ」「ハンバーガー」「ホットドッグ」あたりを指定されたら良いと思いますよ。将来、アイテムを拡大される可能性も考えて、「菓子」「ピザ」などの近い関係にある商品も指定しておきましょう。あくまでも簡単なチェックの結果ですが、類似の商標もなさそうですね。』

 応対してくれた弁理士の丁寧な説明に安心したAさんは、その場で商標の詳細調査や特許庁への申請(出願)手続を依頼しました。幸いなことに、詳細調査でも出願後の特許庁の審査でも、類似の商標は見つからず、他の拒絶理由を通知されることもなく、商標登録を受けることができました。

 それから10年近くが経過しました。開業当初は売れ行きが伸びずに苦労しましたが、酵母パンの評判は次第に高まってお客さんが増え、お店は移転して大きくなり、「こうぼ屋」という店名も地元で良く知られた存在となりました。

 懸命に働くAさんの背中を見ながら成長し、学業を終えた息子さんも事業に加わり、従業員も増えました。

 

 息子さんを含むパン職人たちに惜しみなくノウハウを伝えることで、品質を落とすことなく生産量を高めることに成功したAさんは、カフェを備える2号店をオープンさせました。この新店舗のオープンを機に、それまでありふれた字体で表していた「こうぼ屋」の文字をデザイン性の高いロゴマークに変更し、看板、包装袋、カフェのメニューなども、新ロゴマークで一新しました。

  商標登録の申請手続の相談をした弁理士と会ったのは、その最初の相談の1回きりでした。商標登録が完了するまでの2~3回の郵便のやりとりの後、連絡は完全に途絶えてしまいました。Aさんも忙しいので、すっかり忘れていましたが、 ある日、弁理士の事務所からAさんの元に郵便が届きました。開けてみると、商標権の更新の時期になったとの案内です。

 『ああ・・・そうだった! 登録証と一緒に、10年ごとに更新する必要があるという説明書をもらってたなぁ・・ 

 こっちは忘れていたのに、ちゃんと管理をしてくれてたんだ。』

 Aさんは、また忘れて期限を過ぎてしまうことがないようにと、すぐに同送されていた連絡用紙で更新の手続を依頼しました。その連絡を受けて、特許事務所も速やかに手続を行ってくれました・・・ 

お断り ついつい調子にのって、どこかで見聞きしたことのように書いてしまいましたが、上記の話は完全なるフィクションです。実際の登録事例や使用事実が見当たらなかったので、「こうぼ屋」という具体的名称を登場させましたが、この名称の商標登録の可能性については何の吟味もしておりません。 なにとぞご了解下さい。

閑話休題・・・・・・・

 ここから、上記の架空の事例の主人公・Aさんが気づかずにしてしまった失敗について、解説します。

 Aさんが最初に商標登録の申請を行ったのは、2001年(平成13年)頃のようです。この頃にAさんのように、パンの生産と販売を行う店舗を経営している事業者が店の名称を商標登録したいという場合には、店名が記された包装紙・包装袋・レシートなどを用いて商品を販売する行為や、店名が記されたチラシやホームページを用いた広報活動などが、商品に対して店名を商標として使用していることになる、という解釈により、商品(パン,サンドイッチなど)を指定するのが、一般的なやり方でした。

 Aさんの事業は、自身が生産した商品(パン)を取りそろえて直営の店舗で販売する製造小売業にあたると思われますので、店舗の名称の商標登録でも、販売において顧客に提供されるサービス(以下、「小売りサービス」といいます。)を指定することができれば良かったのですが、Aさんが出願をした2001年頃は、小売りサービスは、商標登録で指定できるサービスに含まれていませんでした。

 しかし、商標法の改正により、2007年(平成19年)から小売りサービスを指定することができるようになりました正式には、「パンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」というような表現で指定します。)。

 Aさんのケースの場合、既に登録された商標について指定を追加することはできませんが、小売りサービスを指定して新たに商標登録を受けることにより保護を厚くすることができます。残念ながらその情報は、Aさんには届いていませんでしたが、パンに関する小売りサービスは、Aさんが保有している商標権の効力が及ぶ範囲にあるので、少なくとも同業者が「こうぼ屋」やそれに類似する名称の店舗を運営することは、保有している商標権をもって禁じることができると思われます。

 しかし、Aさんが新たに始めた業務(カフェの運営)は保護の範囲から外れています。

 しかも、商標の形態もデザイン性の高いロゴマークに変更され、Aさんに認められている独占権の範囲から逸脱しているようなので、小売りサービスや販売される商品(パン)に対する保護も万全とは言えません。(その危険性については改めて解説します。

 Aさんにとっては、前の商標権を更新するのではなく、パンおよびこれに類似する商品(第30類)、パンの小売りサービス(第35類)、飲食物の提供(第43類)を指定して、新規のロゴの商標登録申請をする方が良かったように思われます。前の商標権の権利期間を更新した後であっても、新規の商標登録申請をすることに問題はありませんので、できるだけ早く手続をするようにとお勧めしたいところです。

 

ですが、別の面での心配もあります。

 すでに他の業者が、「飲食物の提供」というサービスを指定して、「こうぼ屋」またはこれに類似する名称(たとえば「こーぼ屋」「KOHBOYA」など)について商標登録を受けていたら、Aさんが「飲食物の提供」について商標登録を受けるのは難しくなります。

 そればかりか、Aさんが「こうぼ屋」の看板を掲げてカフェを営業することは他の業者の商標権の侵害にあたると考えられ、商標権者からの権利行使を受けるおそれも生じます。

 

 これらの問題にAさんはまだ気づいていません。 遠方から来てくれるお客さんが増えてきたことに気を良くしたAさんは、隣町にもカフェ付き店舗をオープンさせる計画をたてています・・・・・・


  Aさんの事例は架空の話ではありますが、この事例のように、特許事務所に相談をしたのは最初の商標登録出願の依頼のときのみで、商標登録完了から10年近くが経過して更新登録申請の時期を迎えたときに、特許事務所から「更新しますか?しませんか?」と問うだけの事務的な連絡が来て、短絡的に更新が選択されてしまうことは、実際に良くある話であると思います。

 最近では、更新登録申請を格安で引き受けますという営業をかける特許事務所の誘いにのってしまうケースもあるようで、短絡的な更新はより増えているかもしれません。

 Aさんのような製造小売業に限らず、どのような業種の事業所でも、10年もの期間が経過すれば、事業の形態の変化や、商標の形態の変更や、新規事業の開始などが生じている可能性があります。また、Aさんの事例のように、法律の改正に伴う対応が必要な場合もあります。

 現在持っている商標権の更新の時期が近づいてきたときには、その商標権で保護できる範囲で現在の事業がカバーできているかどうかを確認し、不足がある場合にはしかるべき対策をとる必要があります。

 また更新の時期か否かに限らず、商標権による保護の範囲から外れる業務について登録商標を使用する場合には、その前に、その使用が他者の商標権を侵害することにならないかどうかを検討する必要もあります。安全と思われる場合にも、それのみで良しとせずに、速やかに、保護範囲から外れる業務に関する商品・サービスについて新たな商標登録申請をすることが必要です。

 

 事業に密接に関係する商標については、どうか万全の対応を検討して下さい。

 

弁理士 小石川 由紀乃

 株式会社知財アシスト 知財よろず相談員

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