会社名称・店舗名称の保護に働く商標登録の力

 

 洋菓子店Xは、夫婦で営む小さな店舗でしたが、ユニークな形状と上品な味をコラボさせたケーキが評判になり、やがて行列ができる人気店になりました。

  

 さらに数年後には店舗を拡大し、百貨店の催事やターミナル駅のエキナカにも出店するほどになりました。SNSでの拡散やメディアに取り上げられる機会も増え、売り上げは順調に伸びました。

   事業の主体も、個人事業主から、店舗名Xに株式会社を加えた法人組織に変更しましたが、店舗では、法人化前からのXの文字をデザイン化したロゴ入りの看板を使い続け、商品を入れる包装箱や紙袋も同じロゴ入りのものを使用していました。

 まさに順風満帆に事業を拡大させた成功例に見えましたが、ある日のこと、Xの本店に大手の洋菓子メーカーY社から思いがけない通知が届きました。

 それは、店舗名称のXは、Y社が以前から販売している菓子の名称と同一で、上記の菓子の名称についてY社が保有している商標権に抵触するから、店舗名やロゴマークの使用をやめてもらいたい、という警告状でした。

 驚いたX社のオーナー夫婦は、ツテを頼って見つけた弁護士に相談し、Y社への応答をしてもらいました。店舗名XやそのロゴマークはY社が商標登録の申請をするより前の開業当初から使用しており、どちらもX社の標識として世間に広く知られていること、ロゴマークはY社の登録商標の形態とは全く異なるデザインであるから、Y社の商品と関係があるという誤解が世間に生じるおそれはないこと等の主張を書面により行い、さらに弁護士を通じての話し合いの場も持ちましたが、Y社が振り上げた拳を降ろす気配はありません。

 このままだと、Y社はX社のロゴマークの差し止めを求める訴訟を提起するかもしれない・・

と弁護士から言われたオーナー夫婦は、話し合った結果、店舗および会社の名称を変更し、ロゴマークも新しいものに変更することにしました。

 結婚前から語り合った将来の夢にちなんでつけた思い入れのある名前を変更することは非常に辛いことでしたが、Y社に商標権侵害の訴えを提起されて店の評判が下がることや、その係争に長期間関わることにより生じるであろう金銭的・精神的負担を考えると、やむを得ない・・という苦渋の決断でした。

 

 上記は、実際にあった商標権の侵害事件を参考にして作った架空の話です。

 大変残念な結末にしてしまいましたが、架空の話なので、なんとでも軌道修正することができます。時間軸を巻き戻して、別の話をこしらえてみましょう。

 

 洋菓子店Xは、パティシエのカップルが結婚後に開業した小さな店舗からスタートしました。

 30代前半での独立で開業資金にもあまり余裕はありませんでしたが、二人が修行した店のオーナーからのアドバイスにより、結婚前に語り合った将来の夢にちなんで決めた店舗名を商標登録しておこうと考え、ネット検索で見つけた弁理士に商標登録の申請の依頼をしました。

 弁理士からは、「XずばりやXによく似た商標が登録されていたり、先に登録申請されたりしていると、登録は難しいですよ。まずは調査をしましょう。」と言われ、簡単に登録できるものと思っていた二人はうろたえました。しかし、幸い、調査ではバッティングしそうな商標は見つからず、申請手続きも恙なく行われ、店舗名Xは、菓子の小売りのサービスや洋菓子などの商品を指定して無事に商標登録されるに至りました。

 

 開業後しばらくは低迷しましたが、やがてユニークな形状と上品な味をコラボさせたケーキが評判になってお客さんも徐々に増え、経営が安定してきました。

 少し余裕が出てきたので、夫婦はデザイナーに新しいロゴマークを制作してもらい、ありきたりの文字だけだった看板をそのロゴマーク入りのものに変更しました。これまで無印だった包装用の箱や袋も、同じロゴマークが入ったものに変更しました。

 また、以前に依頼した弁理士からもらっていたアドバイスに従って、ロゴマークについても商標登録の申請を行い、最初に登録した普通の字体の商標も、レシートやプライスカードに入れるなどの方法により使用を続けました。

 

 ロゴマークも無事に登録されました。

 2つの商標権は夫婦の共有名義にしていますが、もう少し事業を拡大できたら、法人化して会社の名義に変更しよう、という話をしています。

 

 そのころ、新規の商品を企画していた大手洋菓子メーカーのY社では、その商品の名称を検討するネーミング会議で、企画担当者からXという名称が第1候補として提示されました。

 

 音の響きが良く、商品のイメージにもマッチすると、賛同の声が多くあがりましたが、同席していた法務担当者がその場で行った検索調査で同名称の商標が登録されていることがわかりました。

 登録されている商標が使用されていることもすぐに判明し、Xの採用は見送りにしようという話になりました。 

 2番目の話の洋菓子店は、1番目の話ほどに事業規模を拡大できていませんが、店舗名やロゴマークの使用を難なく続けることができています。おまけに、洋菓子店の夫婦が預かり知らぬところで、大手洋菓子メーカーに商品名称としてXを使用されることも阻止できています。

 

 店舗名Xの商標登録がされていたか否かが、2つのストーリーの明暗を分けたのです。

 

 商品やサービスの名称については、商標登録が必要であるという認識が割合に浸透していますが、会社や店舗の名称まで商標登録が必要であることに思い至る事業者は、さほど多いとは思えません。

 しかし、会社や店舗の名称は、そこで取り扱われる商品やサービスを総合的に表す標識として使用されていることが多く、商標登録による保護の必要性は非常に高いと言えます。

 もちろん、商標登録をしないまま事業所の名称の使用を開始し、その名称が他者が保有する商標権の効力が及ぶ範囲に入ってしまったとしても、なんの問題も発生せずに年月が過ぎてゆくケースも多いと思います。しかし、 1番目の話のように、事業所の名称の知名度が高まると、それを知った商標権者が不快感を持ったり、不利益を被りそうと感じるようになる可能性があり、権利行使をされるリスクがぐんと高まります。そうなったときに、「ウチの方が先に使用していた」と言って相手の攻撃から逃れることができる可能性は、きわめて低いと思います

 知名度が高まった段階になって商標権の侵害問題が勃発すると、その問題も大きくとりあげられて多数の人の知るところとなり、信用が失墜するおそれがあります。

 事業所名称を変更することになった場合は、社名の変更登記、新たなロゴマークの制作、看板,カタログ,包装紙などの作り直し、ホームページのリニューアルなど、様々な対応をしなければなりません。これらのことに割く労力や費用により生じる損失もかなり大きなものになることでしょう。

 1番目の話の洋菓子店も、2番目の話のように、名称Xの商標登録をする必要があるという意識を持ち、Yに先駆けて商標登録を受けていれば、名称Xやロゴマークの使用を諦めなければならない羽目にはならなかったはずです。仮に、Yが、名称Xにこだわって、洋菓子店とは異なるデザインのロゴマークで商標登録を受けることに成功し、そのロゴマークの使用を開始したとしても、そのことによって、洋菓子店が自店の名称やロゴマークを使用できなくなるようなこともないはずです。

 今回の2つの架空の話の比較からわかるように、会社や店舗の名称を自社の商品やサービスを総合的に表す標識として使用する場合は、その使用を護るために商標登録をする必要があります。

 事業をされる方々は、このことを是非とも意識していただきたいと思います。

 これから新しい事業を始める・・という方々には、もうひとつ気をつけていただきたいことがあります。

  事業所の名称を決めてしまう前に、その名称と同一または類似する商標が事業に関わる商品やサービスの範囲に登録されていないか、または登録の申請がされていないかを調査することにです。

 この調査をしないまま、名称やロゴマークを決定してしまうと、商標登録をしたくても登録できない(登録の申請をしても拒絶されてしまう。)、ということになりかねません。万一、事業内容がバッティングする事業者に同一の名称を商標登録されてしまっていると、いつかその事業者から商標権の権利行使を受けてしまうかもしれません。

 

 できる限り注意深く調査をして、商標登録の可能性が高い名称を選択していただきたいと思います。

 文責 小石川 由紀乃 (弁理士)


1番目の話で、洋菓子店側が、「同店の名称はY社の商標登録の申請より先に使用されていた」と主張したとしましたが、このような主張(先使用権という権利を持っているという抗弁)を認めてもらうには、相手方が商標登録出願をしたときに既に、ある程度の広さの地域でよく知られた存在になっていることが必要です。洋菓子店の名称の知名度が高まったのがY社の商標登録の申請より後であれば、先使用権を認めてもらうのは難しいでしょう。

  また先使用権を有すると主張するならば、その主張の根拠となる証拠を提示しなければなりません。その証拠は、現在ではなく、Y社が商標登録の申請をしたときに既に洋菓子店の名称Xが周知となっていた事実を示すものでなければなりません。新聞や雑誌などで紹介された実績など、周知になった時期を明確に特定できるような資料がある場合を除き、証拠を提示することは非常に難しいと思われます。