中小・ベンチャー企業に特許は無用・・・・・?

 数年前の話になりますが、実名でツイッターをしていた頃、大企業の知財部員と思われる方(ハンドルネームを覚えていないので、以下A氏とします。)からフォローされ、こちらもお返しのフォローをして、しばらくA氏のツイート(匿名投稿)を閲覧したことがありました。

 あるとき、そのA氏が「他社参入障壁を築くことができない中小企業には特許出願をする意義はないのではないか」というような趣旨の発信をしているのを見て、唖然としました。

 新製品を世に出すにあたり、同様の製品を他社に製造させないようにするには、さまざまな方面から検討して多数の特許を取得する必要があるが、中小企業にはそのような取り組みをするだけの資金の余裕はない。たかが1~2件の特許を取得したところで十分な参入障壁とはならないのだから、無駄ではないか・・・?

というような内容であったと記憶しています。

 A氏は、競合他社に対する備えを十分に行うことができる環境におられ、日々、その備えのために高度な専門知識を駆使して業務を行っている人でしょう。その実経験をふまえてつぶやいた本音としては、的を得た意見かもしれない、とも感じましたが、自分の住む世界との比較でしかモノを語ることができない思い上がりに、軽い怒りを覚えました。

 しかし、当時の私は、A氏に反論できるだけの理屈を並べる自信がなく、ムカつきながらも捨ておいたのでした。

 確かに、たった1件の神的特許によって大企業に打ち勝った・・・というようなことは小説やドラマの世界でこそ成り立つ話で、現実にはあり得ないことかもしれません。しかし、保有する数はしれていても、中小企業にとって、特許は事業を守るための生命線となることも多いのです。

 たとえば、ある中小企業の社長さんから、大手顧客が発注先を変更する意思をチラつかせながら値下げを要求してきたときに、「この製品にはウチの特許が入っている。ヨソでは作れません・・・」と要求をつきはねたという話を聞いたことがあります。もし、その特許がなければ、顧客の言い値で買いたたかれたり、発注先を乗り換えられるなどして、相当な損害を被ったかもしれませんが、たった1つの特許で見事に会社の利益を守り、上から目線の大企業社員にドラマ顔負けの啖呵をきることができたのです。

 鉄壁の守りを固めることは難しいとしても、苦労のすえまとめあげた独自の技術を他社に奪われることを防ぐための特許だけは、なんとしても取得する・・・これが第1目標です。 その上で、権利の範囲をすり抜けて同分野の開発をすることは、コストがかかりすぎる、十分な性能を得られないなどの理由から得にならないと競合他社に思わせることができるような範囲に独占権を設定することを目指すべきです。

 この方針によって、他社に容易に追随されるのを防ぐ、または追随の時期を遅らせることができれば、その間に、特許により保護された技術の特徴を自社の強みとしてわかりやすくアピールして、他社に対する優位性や評判を高める・・・という戦法がとれると思います。 

 特許を取得したからといっても、それのみで直ちに利益が生まれるものではありませんが、利益につながる鍵となることは確かです。その意味において、たった1件の特許でも、無駄になることなどありません。上記の趣旨に沿った、十分に活用できる力を持つ特許であるならば。 

株式会社知財アシスト 代表取締役 小石川由紀乃

小石川由紀乃 プロフィール

 理系出身者が圧倒的多数を占める弁理士業界において、大学で神経生理学や心理学を専攻した後、百貨店の書籍部門での勤務などを経て知財の世界に足を踏み入れた少し変わり種の弁理士。

 特許事務所勤務の傍ら、独学に近い無手勝流の受験勉強を経て、2005年に弁理士試験に合格。当初は、与えられた仕事をするだけのひきこもりタイプの勤務弁理士であったが、あるとき意を決して、外部との交流や情報発信などの活動を始める。

 中小企業のクライアントが多い特許事務所に長く勤務して見聞きした実情をふまえ、自分なりにできることをしようと、2013年に知的財産に関する専門部署を持たない企業に向けた知財サービスを提供する事業所:知財サポートルームささら(現・ささら知財事務所)を開設。

 より充実したサービスの提供を目指して、2015年8月に株式会社知財アシストを設立し、

代表取締役に就任。